ゼクショーのアニメブログ

主に深夜アニメ30分枠のレビューをしていきます。毎週金曜日20:30更新!!※2023年4月以降から第2金曜日の20:30に更新予定※

ソードアート・オンライン マザーズ・ロザリオ篇(第2期 18話~24話)感想

前回の記事はこちら↓↓↓

 

xexiow06375.hatenablog.jp

 

 

物語の原点!アインクラッド篇の記事はこちら↓↓↓

 

 

xexiow06375.hatenablog.jp

 

 

 

 

※この記事は、「ソードアート・オンライン」TVアニメシリーズの第1期~第2期17話まで視聴した事を前提として書いています。まだ視聴されたことがないという方は、ブラウザバックすることを推奨致します。※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆さん、こんばんは。はじめましての方は、はじめまして。

 

 

 

 

 現役大学生のゼクショーです。

 

 

 

 

 毎週金曜日に主に30分枠アニメをレビューしていく記事を中心に、投稿しています。先々週の記事で言いそびれてしまったんですが、実は寝不足による体調不良のこともあって、先週分はお休みさせて頂きました。

 

 

 

 

 さて、今週に入ったあたりから全国的に梅雨入りの時期が来てることもあるんで、今回は梅雨の時期を心身ともに乗り越えるために、僕が生まれて初めて買ったラノベ原作作品のハートフルなエピソードを語りたくて仕方がなかった。

 

 

 

 

 「ソードアート・オンラインII」の第18話~第24話に当たる、「マザーズ・ロザリオ」編をレビューしていきます。

 

 

 

 

タイトルロゴとキービジュアル ※「ビデオマーケット」より引用※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~作品概要~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 原作は、電撃文庫から出版されている、ライトノベルシリーズ。第7巻にあたる内容が、今回ご紹介するエピソードのものになります。アニメ制作は、商業的成功作品を数多く量産してきた「A-1 Pictures」。

 

 

 

 

 時系列的には、キリトがGGOでのひと悶着が終わらせたあと。仲間たちとともにプレイしているALOで、<<絶剣>>と呼ばれ、PvPで無類の強さを誇るプレイヤーが台頭していた。彼女の名はユウキアスナは彼女と手合わせしたことをきっかけに、彼女のギルド「スリーピングナイツ」に誘われて、ギルドの内に秘める悲しき事実を知ることになる____________といった内容です。

 

 

 

 

 シリーズの中でも一番泣けると呼び声高い、この「マザーズ・ロザリオ」編。

 控えめに言って神!僕もSAOでお気に入りのエピソードTOP10挙げろと言われたら、第24話「マザーズ・ロザリオ」は絶対外せないですね。中々アニメで泣かん人間だけど、観たらこれが結構涙腺に来ちゃうんだよね。

 

 

 

 

 ぶっちゃけ「アインクラッド」とこれ以外の話って、ストロングポイントがあんま出てなくて面白くない。そんぐらい際立ってる。

 

 

 

 

 つまらなさを加速させてる大きな要因は、アインクラッド以降の展開がキリトが強すぎることに謎のピークを持っていく展開が多いこと。

 ラフィンコフィンのメンバーを殺して罪悪感を引きづる所とか、サチが死んだことを実感して一人泣き出すところとか良いシーン一杯あったのに、それ以降のキリト君は人間味をほぼ感じない。

 年上相手に物おじせずタメ張ったり、可愛いキャラに美味しい所をあげる訳でもなく、ドヤ顔で自分でかっさらっていく。イキリイキリイキリの繰り返し。それに夢を感じる方々はカッコ良いと感じるでしょうけど、キャラの内面が不自然で全く愛せないから、僕にとっては夢もクソもないんよ。アクションのクオリティが総じて高いことは認めるし、そこは素直に好きよ。

 

 

 

 

 この話は、そんなキリトが主役ではなく、アスナ視点でメインに話が進んでいきます。

 中1から追いかけてるファンとしては泣けるポイントを重点的に話す気持ち満々なんだけど、それだと大きなネタバレになってしまって楽しみを奪ってしまう。

 この作品が他と一線を画す社会的意味がある描写は何なのか、アスナ視点での物語はどう面白くなっているのか、話題を絞って語らせて頂きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスナ視点での面白さ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この話以前のアスナって、戦闘技術だけじゃなくて、芯の強くてめちゃくちゃ生真面目な性格をしていて、その上めちゃくちゃ可愛いっていうイメージを押し出したキャラクターっていう印象が強かった。

 結城明日奈という日本人キャラクターではなく、主にVR越しでの「アスナ」を観てきた我々視聴者にとって、彼女が現実でどういう家庭環境に置かれていて、どんな生活をしているのかどうかって少しばかりちらちかせる程度で、よく分かんなかったんですよね。

 

 

 

 

 あらすじでも述べた通り、ユウキの事情を知ったアスナがそれをどう感じ取って、これからどう生きていくのか。それがあくまでこの作品の本筋です。しかし、それ以前に彼女を主軸に置くのはものすごく意味がある。第一に、原作者の川原先生が百合好きで、それをやりたかったというのはありますが。

 

 

 

 

 現実とVR。度々行き来しているこの2つの世界を切り離して考えたうえで、彼女はどういう生き方をしたいのか。キリトは元々機械いじりが好きでそこんとこで達観した考え方をしているし、そっち関係の仕事に就くのではと思われる描写があった。クラインやエギルなんかはご立派な大人で、自分で納得のいく仕事をすでに持ってるしね。

 キリト以外にも主人公属性あって、そこの葛藤を色濃く表現できるキャラクターといえば、ここまでそういったリアル事情が描かれてこなかった彼女こそが適任かなと。

 

 

 

 

 これでキリトがユウキを惚れさせるみたいな展開だと面白くないんですよ。

 変にカッコつけて距離縮めようとするし、あんたにはせっかくエロティックな妹ちゃんや(僕の推しキャラ)、一生分食っていけるくらいの恋人さんに囲まれてる訳やから、これ以上女たらしする必要あらへんとちゃうってなる。

 

 

 

 

 話は戻るが、アスナの家庭環境は裕福だけど厳しいものに置かれてます。

 お母様は所謂教育ママ的な存在で、アスナがSAOに2年以上閉じ込められることでできた、友人たちや思い出といった誇りを、「良い学校にいくことが幸せになることだから、何が何でもそこに合格して欲しい」という自分のエゴを押し通して貶す。

 それがアスナの幸せなのだと気づかせない台詞回しとかドぎつくて歪んでんだけど、根は可能な限り彼女に寄り添おうという、母親らしさが不器用な形で残ってんのが、教育ママ的な表現として良かったと思いますね。

 

 

 

 

 それに対するアスナの表現も全然良かったし、意外だった。

 今まで強くあらんと自分を表現してきた彼女が、母親を前にするとあんなに押しに弱くなるんだなと。

 

 

 

 

 その抑圧に苦しみながらも反抗心を見せる。それを動かす根底にあるものは、SAOをやるうえで形成された「非の打ち所がない強い女性」と、現実での「順風満帆な人生を送りながらも、自分の意思を表現しにくい弱い女性」という2つのキャラクターの齟齬に葛藤している心の迷い。

 アスナの家庭環境が何故こうなったかのバックボーンの描写をもっと入れて欲しかったとか、不満点はなくはないけど、彼女がこれからその問題にどう向き合っていくかという描写も凄くハートフルで良かったと思うんで、これはぜひ本編を見て確かめて頂きたいですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

VRの可能性や希望を感じさせる描写

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインクラッド篇での最大のストロングポイントだったのは、仮想世界での死が現実に直結する設定を生かすことで、人間の意地汚い部分を色濃く描くことにあった。投身自殺、クエストから逃げて悠々自適に暮らす人々の描写、プレイヤーキル........色々なドぎつい描写がありましたよね。

 そん時のレビュー記事でも言ったけど、あの衝撃的で斬新な世界観は、アニオタになって5年以上経った今でも確かに焼き付いている。壮大かつ衝撃度の高さで包み込むアニメの世界観という観点ではダントツで面白くて好きだし、あの世界観で紡がれる話がキリトのせいでたった1クールで完結してしまったことが未だに無念だと思ってますが、そんな私情はさておき。

 

 

 

 

 その世界観を逆利用し、仮想現実が医療施設で精神的に苦しむ患者の心に安らぎを与える描写があるのが、非常に良いですね。

 今は「PlayStation VR」や「Oculas」シリーズ等が新たな娯楽として台頭する等のおかげで注目されてるけど、放送当時は(及び原作が出た当時は)そこまで仮想現実の技術が、今ほど社会的にあまり注目されていなかったように思います。

 

 

 

 

 この流れを予見するかのように、作中で登場する特殊なVR機器につけられた設定とその発想がすっげえ細かく肉付けされている。原作第7巻のあとがきで、川原先生が実際に医療従事者の知り合いがいらっしゃって、その方から監修を受けていると仰っていたっけ。そのおかげか、本当にそういうことが起こると錯覚させる確固たるリアリティがそこにはあって、非常に納得いくものになってるんですよね。

 

 

 

 

 例えば、直接脳内に電気信号を送ることが出来れば、目で見なくても「モノも見える」ことが可能なんじゃないかってことを示唆する描写がある。

 こうすることで目が不自由な方に高度なVRを見せることで、誰もが同じ景色を見ることができるようになったりするんじゃないかと。僕は今年成人したばっかの若造ですけど、40年後にはそうなってて欲しいな~~~~なんて思ったり。それは極論が過ぎて今は淡いものだけど、そういった大きな可能性や希望を感じさせるものだった。これをSAOという作品がやるからこそ社会的に大きな意味が生まれる訳です。

 

 

 

 

 まあ本筋の内容を少し話すと、実はユウキが若くして悲しい病を患っているのですが、そこに彼女が懸命に闘病していく姿は非常に強く、美しいものでした。

 

 

 

 

 タイトルにある「マザーズ・ロザリオ」とは、物凄~~く端的に言うのであれば、「祈り」。

 これは誰が誰のために、またどんな幸せを掴むために祈り続けた物語なのか_________1期ありきの面白さではあると思うが、梅雨の時期だからこそ、このハートフルで大好きな物語が恋しくなってしまった。このレビューを聞いて、あん時の話にまた浸りたいと思った方、マザーズロザリオの前までで止めてる方は、今すぐ観て頂きたいですね。